【まとめ】監査論の理解に不可欠な3つの「ない」

| 監査論で得点が伸びない理由

監査論。ひととおり学習するとすぐにわかった気にはなれます。ただ、いざ答案用紙を前にするとどの論点を書けばいいのか悩んだあげく、解答例をみて「あ、それね、その論点のことかー、知っていたわ」という負け惜しみを心の中でつぶやく、、、そんな監査論あるあるに遭遇していることでしょう。

この監査論、監査の現場の第一線で活躍する会計士であれば、論点を間違うことはほぼありません。それは実務を経験しているから当然だと思いますよね。しかし、ここにヒントがあります。第一線で活躍する会計士は、実務で何を経験しているから監査論で論点ズレをなくすのでしょうか。

責任あるポジション(いわゆる統括主査、主査以上のポジション)にある会計士たちは、監査の現場の中でずっと 3つの「ない」と闘っているのです。この3つの「ない」との戦闘経験によって、監査での論点ズレがなくなるのです。

ですから、3つの「ない」が何かを理解し、どのように闘っているかを理解することができれば、受験生であっても自然と監査論の論点ズレとはおさらばし、得点源にすることができるのです。

では、3つの「ない」とは何か。それは

  • 時間が「ない」
  • お金が「ない」
  • 権限が「ない」

監査論の制度・論点のほとんどすべてがこの3つの「ない」と闘うためにできているといっても過言ではないでしょう。この3つの「ない」を意識して監査論を学習することで、一線で活躍する会計士の思考を疑似体験でき、論点ズレを起こす可能性が減らせるのです。それでは順番に見ていきましょう。

| 時間が「ない」

45日。この数字が分かりますか。

上場会社が決算短信を出す実質的な期限とされている日数で、45日ルールとも呼ばれています。これは売上100兆円の企業グループだろうと売上1億円の会社であろうと同じであり、そのため監査も実質的に期末日から45日以内に少なくとも主要なところを終わらせていないといけません(※)

そして、この45日には企業側の決算〆処理の作業も含まれますから、監査人に残された正味の時間は30日くらいでしょうか。もしあなたがこの30日で売上高100兆円の企業グループの監査を担当してくださいと言われたらどうしますか。売上以外の多くの取引もあるでしょう。そうなるとすべての取引は見れない。

だからこそ監査計画は重要であり、リスク・アプローチを採用して、内部統制を理解し、重要な虚偽表示リスクを識別して・・・といった方法が必要となるのです。これら監査論の特徴というのは、監査論が採用している手法というよりは、時間が「ない」から致し方なくポイントを絞って計画的に、選択と集中で計画的にやらないと期限に間に合わない という側面で捉えておくと論文解答の質がワンランク上がります。

| お金が「ない」

監査業務にも予算というのがあります。その予算は監査報酬をベースに決まるので、無尽蔵に会計士を投入するというような力技は(一部の例外を除き)できません。そうなると、予算内で収めるため”効率的な監査”が実施できるかどうか会計士の腕が試されます。

さぁ、ここで問題になるのが、”効率的な監査”とはどのような監査でしょうか。

まず、監査業務のゴールは監査意見を出すことですから、その根拠となる「合理的な基礎」を最小のコストで形成する監査が最も”効率的な監査”となります。最大のポイントはこの「合理的な基礎」という概念です。この「合理的な基礎」と監査業務のゴールとの関係がいかに特殊か見てみましょう。

他の文系士業との比較です。簡略化したざっくりとした記載ですが、                                   裁判  : 弁護士 → 裁判資料   → 裁判官が決める                                 税務申告: 税理士 → 申告書類   → 税務署が決める                          会計監査: 会計士 → 合理的な基礎 → 監査人が自分で決める

弁護士にしても税理士にしても仕事の最終的な結果判断は「他人」です。しかし、会計士の監査意見は誰かが判断することはありません。監査人「自ら」での最終判断が許されているのです。

つまり、監査人は「合理的な基礎」をつくることができたら、誰にも文句言われることなく、自らの責任でもってのみ業務を遂行しゴールを決めれるのです。そのためには「合理的な基礎」を自身で論理的に説明できる必要がありますし、そのときに利用するのが監査論なのです。そう、監査人として、なぜこの監査計画を立てたのか、なぜこのポイントが監査上重要だと判断したのか、逆にリスクが低いと思ったのはなぜか、こういった点をクライアントのあらゆる状況を踏まえて論理的に説明するためにあるという側面が監査論にはあります。

有名な 「監査リスク = 固有リスク × 統制リスク × 発見リスク」の式ですが、この式に数字を入れることがありません。あくまで概念の説明でしかないのです。この式の各項目についてどう判断したのか説明できるだけの監査手続を実施しつつ、それが「合理的な基礎」を得ることができる範囲で効率的に実施できるのか、その視点で監査論の実務の問題を解くとワンランク上の解答になるでしょう。

ちなみに、この「合理的な基礎」の概念は、非常に奥が深いのでまた別の機会に詳しく説明します。

|権限が「ない」

公認会計士は「先生」と呼ばれる職業でもあります。「先生」なのですから、求めた資料はすべて提供されるし、役員は何でも教えてくれるし、クライアントはさぞかし協力的だろうと思っている方もいることでしょう。

はい、残念ながらほとんどの場合であてはまりません。そもそも監査対応というのは企業にとって本業(収益獲得活動)ではありませんから、なるべく有形無形のコストは避けたい。その上で、監査人は、極端な言い方をすると会社のミスを指摘する仕事でもありますから、ミスを指摘された組織や個人はキャリアに影響がでるかもしれないという潜在的な恐怖心があり、また、なるべく余計な資料・情報を見せて会計士に騒がれたくないという心理が働くのが一般的です。

したがって資料はすべては見れませんし、出てきたとしても監査用にお化粧された資料が多いのです(数字などに虚偽が含まれているという意味ではありません。本来通常業務で作成されているものを、監査人提出用としてエクセル上の算式が消えていたり、シートが非表示になっていたりを意味しています)。また、役員クラスにヒアリングしても隠し事があったり、正直に話してくれない場合もあります。先生と呼ばれていますが、クライアントから情報を強制的に見せてもらう・聞く権限が会計士にはないのです。

問題は、世間(いわゆる市場)がそんなことは知ったこっちゃない と思っている点です。

考えてみてください。なぜ監査報告書で監査人の責任の範囲についてご丁寧に記載しないといけないのでしょうか。なぜ監査では監査役等とのコミュニケーションが重要なのでしょうか。なぜ経営者の誠実性の評価をしなければならないのでしょうか。なぜ意見不表明という手段が用意されているのでしょうか。

会計士は、世間のイメージ・期待と実態のはざまで監査意見を出すという離れ技を求められているのです。この離れ技の成功率を限りなく高めるためにクライアントとの責任分担、協力体制の確立が監査制度として必要となってくるのです。特に監査制度全般の論点・監査報告書の論点についてこの観点を念頭に解答が書ければ、平均点よりプラスαの点数が取れることでしょう。

|まとめ

3つの「ない」とはまさにこの監査固有の限界を意味しています。「監査固有の限界」は監査論の授業の冒頭の方でさらっと説明受けて、まぁそうだねという印象だけを残して記憶の彼方にという方も多いのではないでしょうか。

しかし、監査人は、この3つの「ない」(時間、予算、権限の制約)がある中で監査意見を出すという無理ゲーをしているのです。この無理ゲーをクリアできる猛者を探す試験ですから、このゲームのルールとでもいうべき「監査固有の限界」をしっかり念頭において論文解答を書くだけで、あなたの監査論の点数は伸びていくでしょう。

決算短信は、会計監査人の意見表明・監査の対象外であり決算短信にもその旨が明記されています。しかし、決算短信の対外的な影響力、過去の名残り、企業側の決算承認のスケジュールや、決算の承認のプロセスに組み込まれているケースなどの影響もあり、余程のことがない限り、決算短信の財務数値も実質的には監査でケアをすべきものとなっているのが実情です。

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